子宮頸がんなどを防ぐHPVワクチンは、予防接種法に基づき「誰もが受けるべきワクチン」として、全額公費によって接種できる「定期接種」のA類疾病に位置付けられている。 国が勧めている安全で効果のあるワクチンを、将来の医療者に「薬害」として教えるのを文科省が推奨するかのような指示を出している形だ。 BuzzFeed Japan Medicalの取材に対し、文科省の医学教育課は「厚労省からもHPVワクチン接種後の症状は薬害ではないと確認した」と答え、「薬害に関する授業をおこなってほしいという趣旨だったが、誤解を招き、配慮が足りないところがあった」として、来年度以降、改善を検討するとしている。 しかし、接種後に痛みやけいれんなどの体調不良を訴える声が相次ぎ、これをメディアがセンセーショナルに報じたことから、厚労省は同年6月、積極的に勧めるのを一時中止することを求める通知を自治体に出した。この影響で、70%以上あった接種率は1%未満に激減した。 接種後の症状を訴える人の一部は、薬害による被害であると主張し、国や製薬会社を訴えた。国や製薬会社は「安全で有効なワクチン」として争う姿勢を見せ、現在も訴訟は続いている。 一方、文科省の通知に要望書が添付された「全国薬害被害者団体連絡協議会」は、1999年10月22日にサリドマイド、スモン、薬害エイズなどの薬害被害者らで作る8団体で発足。「HPVワクチン薬害訴訟全国原告団」も後に加盟し、現在は12団体になっている。 8月24日の「薬害根絶デー」には薬害対策を文科省や厚労省と交渉し、厚労省の正面玄関のそばに設けられた「誓いの碑」の前で、厚労大臣に要望書を渡すのが毎年の恒例行事だ。 この要望書が、文科省が毎年医学教育系の大学に送っている通知に添付されているものだ。 今年8月24日に提出された要望書でも、HPVワクチンを「薬害」と位置づけ、「学校現場においてHPVワクチン接種を勧めるパンフレットやポスターの配布等の広報をしないよう要望します」などと求めている。 しかし、厚労省はHPVワクチンを積極的に勧めることを8年半やめていたものの、公費でうてる定期接種から外したことはない。「薬害」と認めたこともなく、安全性の高いワクチンという認識で一貫している。 安全性や有効性についての国内外の知見も蓄積したことから、昨年11月には自治体に積極的に勧めるのを再開するよう求める通知も出した。これを受けて、今年4月からは多くの市区町村で、定期接種の対象の女性や、うちそびれた女性に無料接種の再チャンスを与えるキャッチアップ接種のお知らせが再開された。 医療者はむしろ積極的に勧めるワクチンとなったのに、文科省がそれに反する教育を医療者の卵に行うよう求めるかのような通知を出しているわけだ。
全国の医学系大学で「HPVワクチンは薬害だ」とする授業を実施
この通知を受けて、2022年度には全国81医学科中80、全国29歯学科中29、全国299看護学部中254、全国79薬学部中79が、「薬害被害について学ぶ授業」を実施。 中には、「HPVワクチンは、利益よりも害が大きい」と主張する医師の講義を聞かされた国立大学医学部や、HPVワクチンによる被害を訴える親子を招いた薬学系大学もあった。 こうした講義を聞いた学生の中から「HPVワクチンは怖いね」という声が上がっていた大学もあったという。 一方で、一部の学生からは、「なぜ安全なワクチンを否定する授業を受けなければいけないのか」という批判の声も上がっていたといい、科学的根拠に基づく医療を学ぶ学生たちに混乱を招く状況が起きている。
厚労省「小中高校担当とは連携しているのだが…」文科省「HPVワクチンの位置付けが変わったことを知らなかった」
この通知が与えた影響について、「予防接種法に基づいて厚労省が接種を積極的に勧めるHPVワクチンを、文科省が薬害であるかのように教育することを促す通知は、国の施策として矛盾しているのではないか」と、BuzzFeedは厚労省と文科省の担当者に質問を送った。 それに対し、厚労省の予防接種担当参事官室室長補佐は「HPVワクチンと接種後の症状に因果関係はない、安全性に特段の懸念は認められないと審議会で結論づけられており、接種後の症状を訴える人へのしっかりとした支援の下、積極的勧奨を再開している」と説明し、改めて安全性に問題はないことを強調した。 厚労省の室長補佐は、「我々は(HPVワクチンの対象者である)小中高校の文科省担当者とは連携が取れていたが、高等教育担当者との連携が不十分だった。今年度からHPVワクチンの位置付けが大きく変わることを周知していたつもりだったが、十分伝わっていなかった」と文科省の大学担当者と連携が取れていなかったことが原因の一つであると明かした。 その上で、「このような通知にならないように連携を取るべきであったと考えており、今後は正しい情報が当事者に届くよう連携を進めていきたい」と話した。 文科省の医学教育課課長補佐は「今年度からHPVワクチンの位置付けが変わったことを厚労省から直接聞いていなかった。HPVワクチンの対象者である小中高の担当部署とも、縦割りというか、やり取りがなかった」と、HPVワクチンの積極的勧奨が再開されたことを認識していなかったことを明らかにした。 その上で「通知は『薬害に関する授業を大学で適切にやってください』という趣旨で出したものであり、文科省がHPVワクチンを推奨する・しないについて言っているわけではない」と説明。 しかし、HPVワクチンを薬害とみなす団体の要望書を添付することで薬害の一つであると誤解を招く可能性については、「確かにその可能性はある」と認め、こう述べた。 「各大学にこの通知の意味を丁寧に説明する必要があると考えている。来年度以降、誤解を招かないように、全国薬害被害者団体連絡協議会の要望書を添付しない対応も含めて検討したい」 薬害でないHPVワクチンを薬害と誤解させかねない通知のあり方については、「配慮が足りなかったといえば足りなかったといえる」と過ちを認めた。 この通知の影響を受けて、実際にHPVワクチンを薬害と主張する人を講師として招き授業している大学もあることについて、文科省は改めて詳しく授業の内容を確認し、何らかの対応を取ることも検討すると回答した。
「当事者である大学生の接種の機会を奪い、将来の医療職に誤った情報を伝えている」
この文科省の通知の問題をいち早く指摘した「みんパピ!」副代表の木下喬弘さんは、以下のようにコメントを寄せた。 日本で2013年頃に問題になった多様な症状についても、名古屋市で研究を行ったところ、HPVワクチンとの因果関係を否定する結果となりました[3]。 近年は、HPVワクチンを接種することでウイルスの感染を防ぐだけでなく、子宮頸がんを実際に予防する効果があることも明らかになってきました[4]。 こうした知識が不十分な医療系の大学生に対して、HPVワクチンが危険で不要だと誤解させる講義が行われているとしたら、当事者である大学生から接種の機会を奪っていることになりかねませんし、将来医療職として患者さんにHPVワクチンを勧める立場になった時に、誤った情報を伝えてしまう危険性があります。これは決して許されることではないと思います。 ただ、それは医薬品使用後に生じた症状を全て薬害と認定することとは違います。科学的に因果関係が証明された副作用で生じた健康被害について、どうすれば再発防止ができるのかを教育することが必要なのだと思います。この点について、文科省は再考すべきです。